『イヴの時間』と『アイの歌声を聴かせて』の共通点と相違点とAI観

『イヴの時間』と『アイの歌声を聴かせて』の共通点と相違点とAI観

吉浦康裕監督が原作・脚本を務めた『イヴの時間』と『アイの歌声を聴かせて』という2つの作品をご覧になったことはありますか?どちらの作品もAIロボットを題材にした作品で、AIが普及した未来を舞台に人間とAIロボットが交流を深め、関係性を築く作品となっています。

この2つの作品は設定や世界観、AI(ロボット)に関する価値観に共通点や相違点がいくつか見られます。また、そこには吉浦監督が思い描く人間とAIロボットの理想的な関係性や未来像が垣間見えるように思えます。

そこで今回は、『イヴの時間』と『アイの歌声を聴かせて』の共通点と相違点を「設定・世界観」と「AI観」の2つのパートに分けてご紹介します。

『イヴの時間』と『アイの歌声を聴かせて』

『イヴの時間』と『アイの歌声を聴かせて』

『イヴの時間』は、吉浦康裕監督が原作・脚本も務めた少人数体制による全6話構成のショートシリーズアニメーション作品で、2008年にネット配信され、2010年には再編集されて劇場公開もされました。物語は、人間型ロボット(アンドロイド)が実用化された未来の日本を舞台に男子高校生のリクオがハウスロイドのサミィの不審な行動記録をもとに友人のマサキとともに訪れた「イヴの時間」という不思議な喫茶店で、「人間とロボットを区別しない」というルールの下でさまざま「ヒトビト」と交流を深める様子を描いています。

なお、『イヴの時間』には期間限定でネット配信された「オリジナル版」と新規カットを追加して再編集した「劇場版」の2種類があります。あにぽーたるでは、『イブの時間』のオリジナル版と劇場版の違いとそれぞれの魅力を徹底解説しています。詳しくは下記の記事をご参照ください。

イヴの時間のオリジナル版と劇場版の違いとそれぞれの魅力を徹底解説

みなさんは『イヴの時間』というアニメーション作品をご覧になったことがありますか?『イブの時間』は、人間型ロボット(アンドロイド)が実用化された未来の日本を舞台…

一方、『アイの歌声を聴かせて』は、同じく吉浦監督が原作・脚本も務めたJ.C.STAFF制作による長編アニメーション映画作品で、2021年10月29日に公開されました。物語は、「星間エレクトロニクス」という大企業による実験都市で女子高生のサトミのクラスに「シオン」という天真爛漫な転校生がやって来て、あの手この手でサトミの幸せを叶えようとしますが、実はシオンはサトミの母・美津子が開発したAIを搭載した試験中のアンドロイドで、そんなシオンに振り回されながらもその姿と歌声にサトミたちが惹かれていく様子を描いています。

そんな『イヴの時間』と『アイの歌声を聴かせて』には共通点と相違点がいくつかあります。そこで今回は、『イヴの時間』と『アイの歌声を聴かせて』の共通点と相違点を「設定・世界観」「AI観」の2つの観点から見ていきます。

『イヴの時間』と『アイの歌声を聴かせて』の共通点

『イヴの時間』と『アイの歌声を聴かせて』という2つの作品の設定・世界観には、いくつかの共通点が見られます。まず、『イヴの時間』にはサミィの開発者として「芦森博士」という重要人物が登場しますが、実は『アイの歌声を聴かせて』に登場するシオンも本名が「芦森詩音」となっています。この「芦森」という名前は、吉浦監督が個人的に思い入れのある名前だそうです。同様に、同じくサミィおよび人間の心を完全に再現した究極のAI「CODE:EVE」の開発者として「潮月」という人物も登場しますが、『アイの歌声を聴かせて』ではサトミの家の最寄りのバス停が「潮月海岸」という名前になっています。このように、『アイの歌声を聴かせて』には『イヴの時間』でキーパーソンだった2人のAI開発者の名前が登場するのです。

また、『イヴの時間』と『アイの歌声を聴かせて』では、AIやロボットが日常にうまく溶け込んでいます。実際、吉浦監督は『アイの歌声を聴かせて』を制作するにあたり、つくばの人工知能関連施設を視察し、スマート家電やAIロボットなどの開発がどのくらい進んでいるかを参考に現実的な範囲で世界観を描くことを意識したようです。それにより、『イヴの時間』と『アイの歌声を聴かせて』は、どちらも現在の地続きとしての未来を見事に表現した作品となっています。

そして、『イヴの時間』と『アイの歌声を聴かせて』に登場するアンドロイドはどちらも人間と見分けがつかないものとなっている、という共通点もあります。『イヴの時間』では、人間の心を完全に再現した「CODE:EVE」というAI(または、それに「情緒抑制回路」を付加してダウングレードした「CODE:LIFE」)がアンドロイドに組み込まれており、人間らしく振る舞えるどころか人間の気を遣ってロボットらしく演技できるレベルにまでなっています。一方、『アイの歌声を聴かせて』に登場するシオンも、サトミたちには緊急停止する瞬間を見られてバレてしまうものの、他のクラスメイトたちにはその正体を隠し通せるほどでした。このように、『イヴの時間』と『アイの歌声を聴かせて』は、どちらも人間と見分けのつかなくなったアンドロイドを中心に物語が展開する作品となっているのです。

『イヴの時間』と『アイの歌声を聴かせて』の相違点

一方、『イヴの時間』と『アイの歌声を聴かせて』の設定・世界観には、いくつかの相違点もあります。まず、『イヴの時間』と『アイの歌声を聴かせて』では世界観の導入にCMが使われていますが、『イヴの時間』ではロボットを危険視する「倫理委員会」によるネガティブキャンペーンが行われているのに対し、『アイの歌声を聴かせて』ではロボットを開発する「星間エレクトロニクス」によるポジティブキャンペーン(プロモーション)が行われています。このように、『イヴの時間』と『アイの歌声を聴かせて』ではロボットに対する感情に違いが見られます。

また、『イヴの時間』と『アイの歌声を聴かせて』ではアンドロイドの実用化レベルに違いがあります。『イヴの時間』では「アンドロイドが実用化されて間もない時代」としながらも一般家庭にアンドロイドが普及し始めていますが、『アイの歌声を聴かせて』ではまだ試験運用の段階となっています。どちらの作品に登場するアンドロイドも自我を持つ様子が描かれていますが、『イヴの時間』に登場するアンドロイドは人間に配慮して自らロボットらしく振る舞うレベルにまで達しており、かなりAIが進歩しているように感じます。

『イヴの時間』と『アイの歌声を聴かせて』のAI観

『イヴの時間』と『アイの歌声を聴かせて』のAI観

『イヴの時間』と『アイの歌声を聴かせて』では、設定や世界観だけでなく、AI(ロボット)に関する価値観にも共通点や相違点が見られます。今回はその中でも、AIが脅威として描かれることに対するアプローチと、人間とAIロボットの対等な関係を理想としていることに関して見ていきます。

脅威として描かれるAI

AIを扱った作品では、たびたびAIが脅威として描かれます。人間がAIを脅威に感じる理由には、AIが社会に浸透することでAIに仕事を奪われるのではないか、そしていつか人間とAIの主従関係が覆るのではないかと人間が考えていることが挙げられます。『イヴの時間』でも、アンドロイドが社会の様々な分野に進出し、それによって人間が仕事を奪われ、それを危険視した「倫理委員会」という組織まで現れていました。また、リクオもピアノのコンクールでアンドロイドに見せ場を奪われことがきっかけで、ピアノとは疎遠になっていました。このように、AIを扱った作品では、AIの普及が人間の生活を脅かす様子が描かれることがよくあります。

しかし、吉浦監督はAIを脅威として描くわけでも、極端に近しい間柄として描くわけでもなく、その中間的な存在として描くのが好きだと言います。それを表現したのが『アイの歌声を聴かせて』で、同作品ではスマート家電やスマートデバイス、スマートホーム設備、さらにはスマートシティが普及しつつも、人間とうまく共存し、バランスの取れたポジティブな世界観が描かれています。AIが普及した世界観が『イヴの時間』ではややネガティブに描かれているのに対し、『アイの歌声を聴かせて』では期待感を込めてできるだけポジティブに表現されているのです。吉浦監督曰く、こうしたAI脅威論はAIの役割が明確化されていないせいで漠然とした不安が広がっているのが一因だと言います。そういう意味で、『アイの歌声を聴かせて』はAIが普及した1つの理想的な未来像を示した作品と言えるでしょう。

人間とAIロボットは対等な関係である

『イヴの時間』と『アイの歌声を聴かせて』は、どちらも人間と人間そっくりなAIロボットとの関係性を描いた作品です。どちらの作品も、多くの人々がAIロボットを「モノ」として捉える中で、主人公たちがAIロボットと対等な立場を築いていく様子が描かれています。

『イヴの時間』では、多くの人々がロボット三原則に基づいてアンドロイドを人間が使役する「モノ」として捉えています。実際に、劇中ではマサキのクラスメイトたちが自分のハウスロイドを冷たくあしらったり、乱暴な態度を取ったりする様子が描かれています。しかし、物語を通してマサキたちは「イヴの時間」でアンドロイドたちと交流を深めることで改めて関係性を見つめ直し、最終的にはアンドロイドたちと笑顔で親しく接するまでになっています。これは、芦森博士や潮月が夢見る、人間とアンドロイドの「共存」が形になった光景でした。

一方、『アイの歌声を聴かせて』でも、人々の生活にAIが普及しているものの、とくに星間エレクトロニクスの上層部はAIロボットを「モノ」として捉えています。しかし、サトミたちはシオンがAIロボットと知りながらも、そのひたむきに頑張る姿や歌声に次第に惹かれ、一人の友達として接するようになり、最終的には自分たちの危険を顧みず助けに行くまでになります。さらには、サンダーのようにAIロボットと知りながらも想いを寄せる人物まで現れます。

『イヴの時間』と『アイの歌声を聴かせて』では、人間たちがAIロボットたちを「モノ」として捉えるでもなく、人間と同一視して同化させようとするでもなく、あくまで人間とAIロボットの対等な関係を人間たちが模索する姿を描いています。吉浦監督は、この2つの作品でAIロボットたちをありのままに「許容する」大切さを説いているのです。

まとめ

いかがでしたか?『イヴの時間』と『アイの歌声を聴かせて』はどちらもAIロボットを題材にした作品で、その設定や世界観だけでなく、AIロボットに関する価値観にも共通点や相違点が見られ、改めてAIが普及した未来を考えされられる作品となっています。もしこの記事を読んで、『イヴの時間』を視聴済みで『アイの歌声を聴かせて』が気になった方や、『アイの歌声を聴かせて』を視聴済みで『イヴの時間』が気になった方、『イヴの時間』と『アイの歌声を聴かせて』を見比べてみたくなった方は、ぜひチェックしてみてください。

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